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ふぁぼって紅

Favoriteほしさのあまり必死になって文章を考える心情を勝手に代弁しています。だいたいバスを語るか、ポエマーに毛が生えた程度に書き物をしています。

努力義務違反 (―予告編)

口をそろえて、人は努力しろと言う。当然、何ら尽力せずに多くを望むことは強欲であると認識している上で世間体がさほど甘くないことくらいは十に承知しているつもりだが、だからといって自分の感情をなおざりにしておけるかといえば、否、そうではないだろう。努力した先に待ち受けているものは何だろうか。人々は決して努力の観測者にはなってくれない。尽力の果てにあるものは温かい容認ではない。生半可な目に他人の努力など映らない。元々終着のない向上を、ただ相手の一切を考慮せず機械的に繰り返し促すだけという薄情なものだ。第一、それは他人の努力を読み解こうとする努力が足りていないことに端を発するから、そもそも言動が相反していることにもなる。それに、倫理が存在する以上、いくら努力をしたところで実る公算が著しく低い物事は極めて多岐にわたる。簡単な話が、毎分毎秒、怠らず念じれば生身で空を飛べるかと問われれば言葉にするまでもなく、結末は絶対的に明白だろう。
もっと例えてみよう。空想上でなく生身の自分という人間が高嶺の花の象徴とも称するべきアイドルと赤い糸で結ばれる確率は果たして十分だと高らかに語れるだろうか?わざわざ口にするのもみすぼらしいほど、もはや天文学的な確率論の世界になること必至だ。とまあ、苦言に近しいソウルの叫びを書き連ねてはみたが、巷から言えば年端もいかない若造の分際で悟り切ったかのような物言いをするのはあまり感心に値しないはずだ。それでむしろいい。僕だけはいつまで経ってもガキだ。
青春とは反抗したいお年頃だ。青春が何であるか、一口に定義を紐解ける人がいたらぜひともその語彙の深さと知性を少しでも分けてほしいところだが、というよりは青くして現実の壁に直面し得るこの世知辛い世界そのものに問題があるのではないかと思わず苦言を呈したくなってしまう。それはさておき、だ。いずれにせよ、子供の戯言で終わってくれて一向に構わない。僕も、僕たちも、君も、今はまだ未熟なまま、大人街道に差し掛かったばかりだ。
明瞭かそうでないかの相違はあれ我々は目的意識が先行しがちで目下重要視されにくいが、目的に到達することが一つの終着点だとすると実のところ末端を目指し奔走する過程の部分が最も価値のある、何物にも代えがたいかけがえのない、とでも言っておこうか。残念ながら僕は遠く無縁になってしまったが、学校と思えば非常に理解が深まるのではないか。
すべての授業過程を履修し、卒業して肩書きを失っては全くに空っぽだ。残るものは胸に秘めた記憶の欠片と、形あるもので卒業アルバムなんかだろうか。だからこそ在学中の、その履修の過程に起こる出来事が青春なんていうやつなのだろう。
ところで、先にアイドルとの相思相愛の可能性を比喩として引き合いに出したのは他でもなく、自分の生活に密接に関わっているからだ。これまた我ながら語弊を招きそうな言い方をしたものだが、青春のくだりの延長線によいのでついでに腹を割っておく。密接に関わるというのは、それこそ壮絶なスケールで選ばれし小数的、天文学的な確率の覇者であるという完全勝ち組を豪語、格式の違いを誇示しているわけではなく、単にその類とほぼ同義と言えるモノによって僕の小宇宙が形成されているのだという意訳に過ぎない。僕は近状に満足していない。そうだな、ただちっぽけな。
セミの一生は実に短いと言われている。幼虫時代を暗い地中で過ごし、ある晴れた日の夕方、樹上に現れたそれは羽を広げ、まだ見ぬ大空へ向かって翔けていくのだ。残り少ない天命を知ってか知らずか、今という取り留めもない一瞬を律儀に過ごしている。小さい世界だ。一生のうち、その目に映るものは決して多くはないだろう。セミに対する情熱は特になく、知識に長けていることもないが、こう脚色をつけたくなってしまうのは所詮ヒト目線だからだろうか。羽化後の短い生涯、異性と運命の出会いを果たせる確証は?
あるいは、大きすぎる世界の狭い片隅に溺れ、見落として、それでも必死に断片を探そうともがき続け、可能な限りの手を尽くした。いや、そうしようとしたのか。
広い世界の、氷山の一角で。狭く乏しい視野の中。
でも、僕らにはまだ――わずかの猶予が残されているから。

 

『――ふゆくん』
背後よりお呼びがかかったので、軽く目を見開いて声の主のほうへ向き直ろうとする――

 

 【努力義務違反】予告編

……(続く)